2009年11月27日金曜日

10年後、あなたはどこで何をしていたいですか?

誰にでもある、夢。

夢は抱き始めたら、手招きし始める。

こっちだよ、こっちへおいで。

次第に夢は目標へと変わり、自分を奮い立たせるようになる。

...これだけはどうしても手に入れたいの。


47歳で夢を持ち、その後シャンソン歌手になった遠藤伸子さん。
10年後、私は母親の夢だったかニューヨークのカーネギーホールで歌っている。沢山のお客さんの前で母の夢を果たしている。

そんなできもないだろう夢をまだ歌手にもなっていない遠藤さんはその時出会った講演で書いたそうだ。

「47歳にもなって、夢を持つなんておかしいでしょ。」

遠藤さんはとても屈託のない笑顔で可愛らしく話を続ける。

「でもね、私歌が大好きだったの。
 
 息子にスーパーでも百貨店のトイレでもどこでも歌っていたから、お母さん恥ずかしいから やめて、ってよく言われたものです。」

夢という大きなフィールドの中で自分を見つめ、自分の気持ちに素直に歩いて来た遠藤さん。
いつしかその声は周りの人を助ける声となっていた。


夢への秘訣は、他人と比べないこと。
そして、夢を回りに語る事。

「人には得が必ずあるから。それが早いか遅いかは自分次第。
 ”今”を腕の中にストンと受け止め、”今”を一生懸命進むのよ。
 そしてそれが叶った時、今度は夢へ恩返しをするの。」


彼女の言葉に何かが解けて行った気がした。
積もっていた思いがね。

そんなに気を張らなくてもいいのよ〜って。


”夢は持ったときから半分叶っている”


47歳の時に抱いたカーネギーホールでの夢、遠藤さんは見事この思いを10年後形にした。


先日の楽三会。
とても素敵な会でした。

最後には、岐阜に唯一一軒、おざしき文化の継承とお茶屋のおもてなし文化を伝える、お茶屋・「満豊」の青木喜久次さん、通称きくちゃんが日本の宴会での ”お座敷遊び” を楽しませてくれました。


こんな素敵な会、
仲間内でゲストが選ばれて行きます。

そして次回、寺ムスメ...ゲストになっちゃいます。

今回でハードルがかなり上がってしまいました。
うーん、高い。
ハードル越えようとしてコケル感じ。

自ら難関をかすよりは、尻の青い猿にはお得意の木登りくらいで、ありのままのすなおーなお話ができればと思います。

毎月26日の楽三会、千円札3枚握ってよっといで。
美味しいお酒と文化を味わいましょう。



2009年11月25日水曜日

継続は...!


”力なり!!”

やっと彼女の演奏を聴きに行けました。
姉妹揃ってのジョイントリサイタル。

愛が初めてピアノの発表会で舞台に立った、この美濃市文化会館で。

4歳でピアノを始め、自分で音楽の道を選び、毎日努力を重ねて来たピアニスト、粥川愛。
今、彼女はその努力でポーランドのワルシャワ音楽院で学んでいる。

彼女の地元でのリサイタル、とても意味のある物でした。

当日は612席が満席となり、補助席もでたほど。
彼女を優しく見守って来た地元の方々に友人。お世話になった先生まで。
また再度 ”音楽” で出会えたことが嬉しかったと話した、愛の言葉が印象的でした。

いつか一緒にひとつの物を作ろう。

そんな約束がいつか叶いますように。

”継続は力なり”
私にとって最大の課題で最大の敵!

ピアニスト・粥川愛
http://ai-kayukawa.com/com

坊主カフェ


柿沼忍昭展−坊主CAFE in KYOTO-

曹洞宗のお坊さんの個展。
なんだか面白そうとアンテナがピーンと立ったので覗きに。

北海道からいらっしゃっていた柿沼和尚さんは、自分でお寺を創設してしまった和尚さん。
創設?今までに聞いた事のないようなお話にポカン。

20歳で出家、インドの巡礼の旅やアメリカで禅に触れ、その後永平寺て修行。後札幌へ移住し、自分の家をお寺にしてしまった。札幌を選んだのも、四季の変化が激しく、お寺の職務をさぼっていられない場所なので、自分は良くさぼる方なので一番自分に厳しくいられる場所を選んだとか。

か、変わってる...

お寺の子からの目線だと、なんだかとても変わっていて、なかなか頭の中の点と点が結びつかないお話が多かったのですが、こんな方の存在はとても心強いな、と感じるのです。


これからの時代、お寺の方向性は多様性がないと。

柿沼忍昭ブログ


日々の流れの中にある幸せ

ヨガに行って来たら、今日は始まる前に

「最近起こった良かった事」を話してくださいと、言われた。

突然言われるとすぐに思いつかなくて、上を向いたり下を向いたり。

ふと先ほどの事を思い出す。

ヨガスクールへ来るまでにいつもとは違う場所だったので私は迷ってしまった。
ナビのない私は人に聞きに行く。
そこで出会ったドラックストアのおじさん。
勤務中にも関わらず地図を持って来て丁寧に行き方を教えてくれた。

普段なら親切で良かったと思いそのまま流れてしまいそうになる気持ち。

人の親切を感謝しなければ。
当たり前と思うほど、幸せと思える気持ちは薄れて行く。

今日起きた良かった事。

あなたはどんな事ですか?

2009年11月18日水曜日

ホーテムステイはいかがですか?第二団


シンガポールの中学校から教育旅行で日本を訪問、日本の日常を学ぶホームステイ先の依頼があります。

つきましては、2名~でお引き受け頂きたく、友人・知人へのお声がけお願いいたします。

○今までの経緯をご覧下さい

☆ホームステイ
国 名:シンガポール
学校名:Greenview Secondary School
Mathematics Immersion & Cultural Exchange Programme 2009
年 齢:中学生 男女25名
期 間:平成21年12月9日(水)岐阜着17時頃
     平成21年12月10日(木)岐阜発6時30分
集合場所:岐阜県庁
謝 礼:3000円(1人につき)
担当:ぎふ善意通訳ガイドネットワーク (岩水:y.iwamizu@gmail.com)

千客万来。今年は多くのお客様が絶え間なく、良いお知らせですね。



   

2009年11月16日月曜日

中国:おまけ

ここどこだと思います?

正解は、お墓です。

宝鶏市市営の共同墓地というから驚き!

音楽かかってるし、なんかいっぱい遊べる所あるし。

若者のデートスポットらしいです。笑

「墓地デート」

新しい!

林陽寺でもやりましょうか?




中国:生活


朝の通勤ラッシュ。
マスクは必需品。
車道と同じ道をスイスイと抜けて行く自転車たち。

国内はいたる所で建設ラッシュ。
中道に入れば市民の生活をかいま見る事ができる。


労働者達は過酷な労働条件の中で働く。
西安は内陸部にあるため、未だ賃金も低い。

月5万円あれば良い方。

もっと田舎へ行けば、道にはトウモロコシの皮が敷き詰められている。
寒い冬を切り抜ける大切な燃料材。

太陽が見えない程の所だ。
寒さは予想もつかない。

田舎のお土産売り場で遊んでいた子ども達をパチリ。
女の子のおちょんぼがサザエさんみたいで可愛い。
お母さん結ぶの面倒くさかった?


めまぐるしい経済成長を見せる中国。
その大きな要因は安い労働力に支えられた輸出産業。

「戦後の日本やな。」

同じ旅仲間のおじさんがポロリと漏らす。

じゃあ、50年後の中国は日本みたいなの?

単純な私にはそんなくらいしか頭に浮かんでこない。

とにかく私はこの青空で生活していることがどれほど幸せなことなのかと感じるばかりであった。





中国:文化

宝鶏市から西安へ戻った最後の夜。
京劇を観に劇場へ。

中には世界中からの旅行者達で溢れている。

今この伝統的京劇、今とても人気があるらしい。


始まれば納得。
すごく綺麗です。

私も見入ってしまいました。
背中がピーンと張って劇場の中にのめり込んで行く。

華やかな当時の様子。
皇帝達はこれを毎晩楽しんだ。


彼女達は音楽演劇学院の卒業生達。
いわばエリート。

見応えのあるこの演技、顔の表情も豊かで観るものの心を奪って行きます。




中国:食

世界三大料理
忘れちゃ行けない中華。

食いしん坊な私には一番楽しみな時間。

油っぽい料理ばかりじゃないのかと心配していたのにもかかわらず、西安はお酢も良く効いている酸っぱ辛い料理が多かったです。特に黒酢!

しかも野菜たっぷりで尚好印象。


タケノコとシャキシャキの柿っぽい野菜と黒酢の炒め物。

左は胡麻で絡められた甘辛のクルミ。
右はピーナッツの酢の物。

小麦粉のトルティージャみたいなパンに卵焼きが重なって、右のじゃがいもを包んでパクリ。

必ずでてくるラーメン。
これ一番の極太麺でした。

そして大切なマナー。お汁は飲んじゃだめだそうです。

はい、私最初のうち頑張って飲んでいました。

最後激辛で舌がしびれます。

みなさん、マナーには従いましょう。


つるつるでこんにゃく?という感じですが、これは豚の皮。
油を全て取ってぷるぷるの部分だけ使う。

そう、コラーゲンです。

いっぱい食べときました。


2009年11月15日日曜日

中国:歴史



法門寺の仏舎利塔(ブッシャリトウ)。
ながーい塔にはお釈迦様の骨が納められています。

その昔、八万四千粒に分けられたお釈迦様の骨をインドの王が一夜にして世界中の仏教場所へ贈ったと言われています。

塔の下には地下宮殿があり、大雨の際に塔が壊れ、修復の際にこの地下宮殿を発見し、四粒の舎利が見つかったらしい。
その四粒のうち一粒が本物だったよう。

八万四千って、米粒以下ですよね。

それを見分けるってすごいよね。

日本では名古屋市にある日泰寺(ニッタイジ)に本物があるらしいですよ。


法門寺の境内はまるで飛行場...以上。
想像を遥かに越える巨大仏がどかーん、どかーんと立ち並んでいて、歩くの大変で車に乗っけられました。

...どんだけー。


ひろーいひろーい野原を越えて行くと突如現れる大きな穴!

秦公大墓。

これもまたおーきなお墓!
秦時代の皇帝のお墓だそうです。

高さが24mもある皇帝のお墓。
この隣に皇帝並べたら皇帝ぜったいちっちゃいよね?
それだけ権力が大きかったという事か。

その周りは側近のお墓。
皇帝が亡くなればそのお世話をしていた側近達も当然のように一緒にお墓へ入る。

...この時代に生きてなくて良かった。

それにしてもこの穴掘った昔の人って...
一歩踏み外したらあの世行き並の深さですよ。


中国の歴史はスケールが半端なく大きいです。

中国:岐阜のルーツを訪ねる

中国の宝鶏市に岐山という山がある。

この一帯はかつて武王という王が岐山のふもとで他の王朝を倒し、周王朝を開いた場所である。
その後も数々の王朝がこの地で繁栄し、華やかな文化を残した。

「岐阜」という名前を付けたのは岐阜城を創った織田信長で、その名前のルーツはそこ岐山からきていると言われている。

そもそも、その武王の話をお坊さんから教わった信長はその強い王のような国を思い描き、その岐山から ”岐” を取り ”岐阜” と名付けたらしい。

今回の中国訪問、一番の目的は「岐阜」の名前のルーツ場所へ行き、宝鶏市と日中友好関係を深めてくることであった。


とはいえ、事前勉強不足の私は中国の王朝や歴史はさっぱり。
日本史さえ目が点状態なので、中国の歴史のお話を聞いても目が点がもっと点点で、頭の中ぽっかーんに口ぽっかーんとしていてハテナだらけです。
頭の上に???といっぱいある感じ。

しかーし、同じ旅仲間の方々はすばらしい方々ばかり。
歴史博物館の館長を筆頭に元中学校の校長先生、養護学校の先生に市議会委員、そして発掘を実際にしている人などなど。

歩く教科書がいっぱいです。

こんな時でもなければ中国の歴史、日本の歴史を勉強する時もないので、頭をフル回転というか絞りに絞って、中国歴史に挑んできました。



写真:遠くの岐山を望む



2009年11月13日金曜日

空港難民

西安。
前日の雨は翌日雪へと変わった。

気温−8℃。
サラサラの雪は細かく水を含んでいない為、すぐに積もり始めた。

「大丈夫、上海から乗る予定の飛行機は遅れているけど向かってきてるよ。」

たどたどしい日本語の中国人通訳、マーさんの言葉に少し安心する。
でも心は裏腹にこんな天気で本当に帰れるのかと疑っていた。

ただでさえ毎日晴れていても空は曇り空のようにうす暗く、大気汚染でかすんだ景色は遠くが見えない。この一週間、一度たりとも青い空を見る事はなかった。

そんな視界の悪い中でのフライト。
はたして飛行機は飛べるのか。

全く暖房の効かないバスで空港へ。

予感は的中。
荷物の整理をしていると、カウンターへ様子を見に行っていた団長さんが戻って来た。

「みなさん、喜んでください。もう一泊中国ですよ。上海から向かっていた飛行機は引き返しました。」

「えっ...」

団長さんの気を利かせた冗談まじりの真実は全く喜べず嬉しくなかった。
まぁ、空港に着いてこの人混み。

納得ですけどね。


ここから私の35時間は始まった。

14:00過ぎ空港到着

15:00フライト予定が何時になるか分からない為とりあえずチェックインだけ済ませる。

18:00過ぎ空港のレストランで食事。最後の晩餐と言っていたのにまた中国での食事。いったいいつが最後になることか。

18:30上海の飛行機が到着したというので搭乗口で待つ。

20:00搭乗。中にはすでに中国人達がいた。いっこうに雪は降りやまない。

事件1:
待ち続ける機内。アテンダントが水を配り始めた。
機内は暖房でぼーっとするほどの暑さ。

私の隣には同じ旅仲間の50代の女性。
彼女がトイレから戻り、座る時に誤ってシートを倒すボタンを押しながら座ってしまい、突然シートが倒れたため、後ろの中国人女性のテーブルの上に置いてあった水のカップがひっくり返ってしまった。

水で洋服が濡れてしまった中国人女性は立ち上がり怒鳴り始めた。

申し訳ないと思った女性はハンカチを差し伸べ、つたない英語でごめんなさいと言う。

中国人女性はそれをはね除けさらに大きな声で怒鳴る。
そんなたいした事ないやん!謝ってるやんと私は若干にらみながら反抗。

大げさな態度で濡れた洋服をはらい、周りの中国人の同情を得ようとする。
なんて恥ずかしいんだと、ものすごく悪い印象を持った。

22:00滑走路が閉鎖され、フライトがキャンセルされたとアナウンスされる。名古屋行きの乗客だけ降ろされる。


そこから情報は錯綜。翌日フライトはあるのか、ホテルは斡旋してくれるのか、荷物はどうなるのか。

中国語しか話さない空港スタッフは全くあてにならない。
聞いても分からないの一点張り。

空港には飛行機の乗客も含め数千人が足止めされていた。

名古屋行きは私たち11人を含め、中国人2人に70歳を越えた日本人男性が2人に付き添いの中国人通訳が1人。
私のグループも50代60代の方がほとんど。一番若いのは私だけ。
夜もどんどん深まってくる。

これ私がんばらないとだめじゃない?と勝手に危機感を覚えた私はどうにかして情報を得ないとと感じた。

偶然出会ったメキシコ人グループの団体とカナダ在住の中国人達と英語、スペイン語、中国語で情報を交換する。

24:00配給品が配られる。


01:00何も分からないまま、疲れもピーク。

周りがざわめきだす。
空港スタッフの周りに人が群がっている。

「飛行場は通常3時で閉鎖です。みなさん飛行場から出て行ってください。暖房も全て切られます。」

「はっ?」

何言ってんの、この人?
翌日の便のチケットはどうなるの?翌日の保証もなしに追い出すってどういう事?
しかもこの雪でどこにいくの?
ホテルは斡旋してくれるんじゃないの?

「この辺りのホテルは全て満室です。とにかく飛行場から出てください。」

意味がわからない。
高速道路も全て閉鎖されている。
どこへどう行けというのだ?

要はこういう事だろう。

”この遅延は天候のせいであり、飛行機会社に責任はない”

ばかげている。

それでも飛行場の中にいた人たちは搭乗口から出て行っている。

こんな時間に出て行ったら死んでしまう。

私たちは周りの人たちと話し合い断固として動かない事に決める。
もし追い出しにでもこれば領事館に電話してやる、と。

数分後警備員がやって来た。
残っている人のパスポートを記録すると言い、メモっていった。

これで一応飛行場には残れたが、飛行場は本当に暖房を切った。

...ありえない。

毛布もなく体をとにかく小さくして眠った。

翌朝
6:30目覚め朝食をとる。一杯千円のコーヒー。ここは東京の銀座か?!
未だ情報乏しく何も分からない。

8:00午前10時にフライトできると情報が入る。

10:00搭乗

事件2:
搭乗をすると、おそらく機内で夜を明かした中国人達がいた。私たちは入るなり彼らから罵声を浴びた。何を言っているのかわからないが、怒っている事は分かる。

あまりの言いようだったのだろう。
しびれを切らした通訳が対抗していた。

後でその人に尋ねたら、私たちを待っていたからこんなに遅れたのかって勘違いをしていたようである、と。それ以上は教えてくれなかった。

これが中国国民の日本への思いなのか、もしくはこれが普通なのか、それは分からないが、気分は良くなかった。

12:30上海へフライト
14:30上海到着。なんとか次の便のチケットを取る。
18:15搭乗
19:30翌日の西安便も遅れていたため、乗客を待ち1時間遅れてフライト
22:30名古屋着
23:13最終の電車で岐阜駅へと向かう。
24:30岐阜駅到着
01:00帰宅

本当に帰ってこれて良かった。

しかしこの大雪、ニュースによれば「人工降雪」の可能性があるかもという事。

これが中国なのか。



やっと

帰国!

正直へとへとです...

中国西安を突然おそった寒波の大雪で予定していた帰路の8時間が大幅に遅れ、35時間かかりました。

とにかく無事に帰れた事に感謝。

...恐るべし、中国。

とにかく就寝。


2009年11月5日木曜日

China

明日から一週間、中国へ行ってきます。

岐阜市制120周年のイベントが色んなところで行われている中、岐阜市の姉妹都市である、中国は西安へ岐阜歴史博物館館長率いる一行の一員として行ってきます。

個人的に中国は初めてで、すごく興味のある国なのでとても楽しみです。

レポートにも乞うご期待。


蕎麦刈り


まっさらなお天気の中、ショッピングにいくでもなく、ご飯食べに行くでもなく、お洒落するでもなく、今回は蕎麦刈りです。

連休中に遊びに来てくれていた関西の友達も巻き込んで、Let's 農業体験!


寒くて死んでしまうかもと着込みに着込んで参戦したにもかかわらず、畑仕事って汗かく!

そして、かがみ腰がけっこう足にくる。
刈っても刈ってもなくならない蕎麦。
そして雑草と見分けのつかない蕎麦。

無心に刈りまくりましたよ。



刈った後は叩いて実だけを取り出して行く。
縄文なみの原始的なやりかた。

こりゃ大変だわ。

”コーヒー一杯の真実”ならぬ、”蕎麦一杯の真実”ですよ。



白いのが蕎麦の花で、お隣の黒いのが蕎麦の実さん。

最近若者の農業意識の変化が話題ですよね。
渋谷のギャルがお米作ってそのお米を渋谷の飲食店が使ったり。
作ってお店に売って終わりじゃなくて、その地域で使ってもらえるようにするって言うのはとても意味のある、素敵な町おこしの仕方だと思う。

そして、若い子の意識が自然や自然の恵みに向いていっていることはとても良い事ですよね。

さてさて、自分達に何ができるのかな。

楽しくそれができたら良いと思う。

...おまけ。
レトロ感たっぷりの畑カー。

2009年11月2日月曜日

早朝登山

5時起床
5時15出発

向かった先は、家の前の山、三峰山。

山登りが趣味の父親について眠たい目をこすりながらついて行ってみました。

山頂までは約30分程。
岐阜って本当に山に囲まれてる盆地。

そしてなぜか方角標識はワールドワイド。
長野とか東京でいいんじゃない?とつっこみたくなる感じです。

朝日。

昔登山が嫌いだったんですが、リベンジになったかな。

エンジンのかかった父親は、次はあそこだ!
と、一番岐阜で高い山に。

いやいや、ペース早いですよー。

来年こそは富士山、登りたいな。